orlm8のブログ

人生、社会、読書など、興味を持っている話題をとりあげます

若者で魅力的に感じられる人

若者で何かいいことに夢中になっていて、それに打ち込んでいる人が美しく感じられる。
とても魅力的である。
若いうちはいろいろなことができる。
その中からいいものを何か選んで、それに熱中している姿を見ると応援したくなるし、
素敵だなあ。とも思ってしまう。


音楽ではエフゲニー キーシンが子供の時からそうだった。
あのピアノに打ち込む姿は心惹かれたものである。
集中してピアノに向かって心の限り音楽を奏でる。
あまりの素晴らしさに息もできないぐらいであった。


少年よ、大志を抱け、
の教えのように、
若者が理想を高く持って目標を設定してそれにむけて日々努力をすること、いいことだと思う。


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正統派の宗教はどの宗教もそれなりにいいものである

正統派の宗教というものは何千年もの間、廃れないで受け継がれてきた、人間の大切な遺産である。
キリスト教しかり。
だからこそ、欧米中心に、今まで長い間、信仰され、重宝され、ありがたがられてきたのである。
この歴史をないがしろにはできないし、そんなちっぽけなものであるなら、とうの昔に消え去って、今では残っていなかったはずである。
これだけの信仰者がいる以上、何かあるのである。


私は私個人の不幸な体験からキリスト教徒が嫌いである。
出会いがまずかった。これからはいいキリスト教徒に出会いたい。
心からそう願っている。


キリスト教に関しては、それなりに敬意を表していて、懸命に学んで理解しようとしている。できれば信仰を持ちたい、とも思っている。
何時までこの求道者のままなのか、はわからないが。
私は疑問を持ちすぎている。悩みすぎる。いつまでも信仰を持てない。
迷いが付きまとっている。


神父さんが信者たちを嘆く現状

私は近所のカトリック教会に行った。
そこでいたたまれなくなって神父さんと話をした。


神父さんは、
近頃はここの信者たちも僕の言うことをきかない人が多くなった。
何度注意してもまたやる。
僕はあるカトリックの学校で義務教育を子供たちに受けさせていたが、
そこの生徒たちもまた、全くと言っていいほど僕の言うことなどきかない。
同じことは言わせる。


などなど、嘆き果てて疲れ果てていた。
結局、学校の方は辞職した、という。


昔はちゃんとしたキリスト教徒が多かった。
神様のおっしゃることにきちんと耳を傾け、神様が喜ぶように努めるべきであろう。