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雨ニモマケズ のごときキリスト教徒が理想である

雨ニモマケズ: 外国人記者が伝えた東日本大震災
雨ニモマケズ: 外国人記者が伝えた東日本大震災
えにし書房


自分に私は言い聞かせるべく、宮沢賢治の『雨ニモマケズ』
を再び取り出してみた。


雨にも負けず 風にも負けず
雪にも 夏の暑さにも負けぬ 丈夫な体を持ち
欲はなく
決して怒らず
いつも静かに笑っている
一日に 玄米4合と 味噌と少しの野菜を食べ
あらゆることを
自分を勘定に入れずに よく見聞きし 分かり
そして忘れず
野原の松の林の陰の小さな茅葺き小屋にいて
東に病気の子どもあれば 行って 看病してやり
西に疲れた母あれば 行って その稲の束を負い
南に死にそうな人あれば 行って 怖がらなくてもいいと言い
北に喧嘩や 訴訟があれば つまらないからやめろと言い
日照りの時は 涙を流し
寒さの夏は おろおろ歩き
みんなにデクノボーと呼ばれ
ほめられもせず 苦にもされず
そういうものに わたしはなりたい


こういった健全な精神、そして実行力、これこそがキリスト教徒になるには必要であろうと思う。
理想的なキリスト教徒に成るべく、修練を積みたい。


私はまだまだ修行が足りない。


若者で魅力的に感じられる人

若者で何かいいことに夢中になっていて、それに打ち込んでいる人が美しく感じられる。
とても魅力的である。
若いうちはいろいろなことができる。
その中からいいものを何か選んで、それに熱中している姿を見ると応援したくなるし、
素敵だなあ。とも思ってしまう。


音楽ではエフゲニー キーシンが子供の時からそうだった。
あのピアノに打ち込む姿は心惹かれたものである。
集中してピアノに向かって心の限り音楽を奏でる。
あまりの素晴らしさに息もできないぐらいであった。


少年よ、大志を抱け、
の教えのように、
若者が理想を高く持って目標を設定してそれにむけて日々努力をすること、いいことだと思う。


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正統派の宗教はどの宗教もそれなりにいいものである

正統派の宗教というものは何千年もの間、廃れないで受け継がれてきた、人間の大切な遺産である。
キリスト教しかり。
だからこそ、欧米中心に、今まで長い間、信仰され、重宝され、ありがたがられてきたのである。
この歴史をないがしろにはできないし、そんなちっぽけなものであるなら、とうの昔に消え去って、今では残っていなかったはずである。
これだけの信仰者がいる以上、何かあるのである。


私は私個人の不幸な体験からキリスト教徒が嫌いである。
出会いがまずかった。これからはいいキリスト教徒に出会いたい。
心からそう願っている。


キリスト教に関しては、それなりに敬意を表していて、懸命に学んで理解しようとしている。できれば信仰を持ちたい、とも思っている。
何時までこの求道者のままなのか、はわからないが。
私は疑問を持ちすぎている。悩みすぎる。いつまでも信仰を持てない。
迷いが付きまとっている。